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鉄道好きとしては・・・ [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:今行きたいのは北海道?沖縄?

私は北海道派

こういう質問って、私にとってはかなりの難問です。
そもそも北海道も沖縄も非常に魅力的な場所ですし、沖縄はまだ一度も行ったことがないので、未知の土地への憧れというやつもあります。
どちらを選ぶべきかかなり迷いますが、鉄道好き目線で言えば、どちらかといえば北海道ですかね・・・
やはりあの広大な大地を列車に乗って駆け抜けることができるのは大きな魅力ですからね。
北海道には過去何度か行き、いろいろな路線に乗りましたが、まだまだ道内全線完乗には至っておらず、まだ乗っていない路線を乗りつぶす楽しみもあります。
そして「今」ということを重視するなら、来年春(だったかな?)に廃止が迫り、私自身も未乗車のJR札沼線北海道医療大学ー新十津川間にはぜひ乗っておきたいし、それよりもさらに早く9月末で引退するリゾート列車「クリスタルエクスプレス」にも乗りたいというのもありますが。

私の母親が北海道函館出身ということもあり、幼い頃は数回函館へ行ったことがあるようですが、私が覚えているのは小学校3年の時のことだけです。
初めて鉄道旅行目的で北海道へ行ったのは、1996年頃だったと思います。
これまで函館にしか言ったことのない私は、約1週間あちこちへ列車で旅しましたが、この時利用したのが「北海道ワイド周遊券」でした。
広い北海道を縦横無尽に回れるのはもちろん、札幌都市圏を除けば普通列車の本数が少ない北海道内で特急の自由席に乗り放題のワイド周遊券は、乗り鉄には非常にありがたい切符でした。
その後も北海道へは数回訪れ、そのたびに「北海道ワイド周遊券」やそれを引き継いだ周遊きっぷの「北海道ゾーン」を駆使してあちこち乗りまくりました。

そういえば、先日「ワイド周遊券」についての記事がネットニュースに出ていました。

「ワイド周遊券」の魅力を振り返る 1980年代の鉄道旅行節約テク、現在はほぼ無理? (乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/88739

私は、私より年上の方ほどワイド周遊券を利用した鉄道旅行を多くしたというわけではないけれど、それでも北海道の他に四国や九州へもワイド周遊券や周遊きっぷを利用して旅しました。何しろエリア内を自由に乗りまくれるのが魅力でした。
今では周遊券も周遊きっぷも姿を消し、一部の地域に「周遊券」的な使い方のできる乗り放題切符があるだけですが、乗り鉄派からすれば青春18きっぷも含めた、広いエリアが乗り放題の切符がもっと多くのエリアで発売されてほしいものです。

あれ?お題とかなり話題の方向がズレてしまってますね(汗)


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トリプルのアイスクリーム [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:しばらく会ってないけど、今どうしてるか知りたい人、いる?

今回は昨日に続いてのアイスクリームネタ・・・ではなく、私の友人の話です。
このブログの私の記事で何度か、千葉市のオモチャ図書館「千葉市トイライブラリー」のボランティアをしていた時のことを書きました。ボランティアをしている中で、利用者である子供たちやその保護者の方々はもちろん、ともにボランティアとして活動する様々な世代の人たちとも出会うことができました。以前の記事でご紹介した大学の先輩のOさんもその一人ですが、今回はやはりともにボランティア仲間として活動したT君について書きたいと思います。
T君は私より3歳(だったと思う)年下で、車椅子を利用しています。
初めて同じボランティアとして出会ったのはお互いが20歳代中盤頃だったと思います。2人ともこのオモチャ図書館では数少ない男性ボランティアだったこともあるのか、初めて会った時から私と彼は意気投合し、ボランティアの前後などにあれこれたわいもない話をしたり、一緒に食事に出かけたりするようになりました。
そんな中で、T君が本職の福祉関係の仕事の傍ら音楽活動をしていることを知り、ちょうど間近に控えていた彼のワンマンライブを観に行くことにしました。
ライブが行われたのは、千葉県庁にほど近いところにあるレストランバー兼ライブハウスといった感じのお店でした。開演時刻が近付くとテーブル席もカウンター席もほぼ満席になり、そんな中でいよいよT君のワンマンライブが始まりました。
ピアノの弾き語りをメインにオリジナル曲やカバー曲を6~7曲ほど披露してくれ、曲の合間には軽妙なトークも聴かせてくれました。
私はそれまで、こういったライブを観たことがほとんどなく、どの程度楽しめるものかといった不安もありましたが、ライブが始まるとそれも杞憂に終わり、1時間弱のライブを20人ほどの他のお客さんとともに楽しみました。音楽にはあまり詳しくない私ですが、そんな私でも音楽っていいな、と改めて感じる時間でした。
その後もT君とはともにオモチャ図書館のボランティアを続ける一方、彼が千葉や東京都内でライブに出演する時には何度も聴きに行きました。彼のワンマンライブもあれば、他のミュージシャンとのセッションなど、いろいろなスタイルのライブを観ることができました。それまで音楽を聴くのは好きでもそれほど深く楽しむというほどではなかった私には新鮮な経験をたくさんさせてもらいました。
気付けば彼とはもう5年ほどご無沙汰してしまっています。名前をネット検索してみると同名の人のFACEBOOKが見つかりましたが、私がFACEBOOKをやっていないためそのFACEBOOKがT君のものかどうかを確認することができないでいます。彼の近況を把握できないのは残念ですが、機会があればまたぜひ彼の歌声や演奏を聴き、ボランティアをしていたころの思い出話や、会っていなかった間のいろいろな話をしたいと思っています。会っていない間にお互いの環境も大きく変わっているはずで、同じ曲でもかつてとは受ける印象も変わっているかもしれませんし、そのあたりも興味があります。
ちなみに、今回のタイトルである「トリプルのアイスクリーム」は、彼のオリジナル曲の中で私が最も好きな曲のタイトルです。
夫婦で出かけてアイスクリームを注文する時にいつも「トリプル」を注文する妻に理由を尋ねるも、何度もはぐらかされてきた夫に、やがて妻が新しい命を授かったことを告白する、というような内容の曲です。
今でもT君にもらったCDで時々この曲を聴くと、いつかこの曲の続編、つまり二人とその間に生まれた子供のことを歌った曲なんかも聴いてみたいと思ったりします。

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思い出の車内販売アイスクリーム [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:アイスクリーム、かき氷、冷やし中華など、冷たい食べ物・飲み物の思い出

今年の春、JR各社の新幹線・特急列車の車内販売が大幅に廃止・縮小されましたが、そのニュースに関連して話題になったのが、一部で「新幹線のすごく固いアイス」として有名なすじゃーたのアイスクリームの車内販売も東日本地区では消えてしまったということでした。
私自身はそのアイスを食べた記憶はありませんが、近年よく話題に上っていたらしいことは知っていたので、いつか車内販売でこれを購入してどれくらい固いのか確かめてみたい(もちろん食べたいというのもありますが)と思っていたのですが、それも少なくとも東日本地区ではもう叶わなくなってしまいました。
まあ、列車内で味わうチャンスはかなり限られたものになってしまったとはいえ、このすじゃーたのアイス自体が消えたわけではないのが救いといえば救いですが・・・
ところで、この話題を知って思い出したのが、小学5年生の時の夏休みの家族旅行の時に列車内で食べたバニラアイスの思い出です。

それは昭和57年の夏休みのことです。
私は家族と父親の同僚一家とともに、福島県の磐梯地方に旅行に出かけました。
この時点で東北新幹線はすでに大宮ー盛岡間開業から1か月ほど経過していましたが、開業直後の夏休み中とあって指定券が取れなかったからか、旅の往路、大宮駅から乗車したのは、上野発喜多方行の455系急行「ばんだい」(号数は残念ながら忘れてしまいました)でした。
東北新幹線先行開業時のダイヤ改正で在来線特急にはすでに「やまびこ」全廃や「ひばり」削減などの影響が出ていましたが、新幹線がまだ大宮暫定開業ということもあり、まだまだ東北線の電車急行も最後の活躍を見せていた頃で、今にして思えば乗車できたことは貴重な経験だったと思います。
乗車したのはなぜかグリーン車のサロ455でした。ごく普通のサラリーマン家庭ゆえグリーン車など縁のない存在と思っていたので驚きましたが、父親としては途中駅から子供連れかつ大人数で乗車するので、座席確保のしやすさから選んだのでしょう。
何はともあれ、私にとっては初めてのグリーン車体験とあって、緊張するやらわくわくするやら複雑な心境でした。
ただ、大宮―喜多方間は「ばんだい」で約5時間弱の行程で、特に子供は2時間ほどもするとだんだん飽きてきます。そんな時、ちょうど車内にやってきたのがアイスクリーム専門の車内販売員のおじさんでした。(弁当や土産物、飲み物などを扱う一般的な車内販売ももちろん乗務していました)
そして、そのアイスクリーム車販のおじさんから母親が私も含め子供たち全員に買ってくれたバニラアイスクリームが、なぜか今でも鮮明に記憶に残っています。
この時食べたバニラアイスは、あの「固いアイス」のようなものではなく、普通にスーパーや食料品店(当時まだコンビニは少なかった)などで買えるカップアイスとそう大きな味の違いのないものだったと記憶しています。(もちろんスーパーなどで買えるものとは全く違う商品でしたが)
この時は単なるアイスクリーム好きの子供として、特にこれといった感慨もなく食べたごくありふれた味のバニラアイスでしたが、まさかそれから37念も思い出の味の一つとして私の記憶に残るものになるとは思いませんでした。

ちなみに、この時の旅行では磐梯地方の観光地にもいくつか行きましたが、まだ小学生の私にとっては正直それらについてあまり思い出に残るものがなく、むしろ行き帰りに乗車した列車の思い出の方が鮮明です。
行きに乗車した「ばんだい」の車内では、黒磯を過ぎて交流電化区間に入ると、関東にいては見ることのできないED75牽引の旧型客車の普通列車を見て東北に初めてやってきたという感慨がわきました。
旅行の帰路は、喜多方から郡山まではキハ58系急行「あがの」に乗車しました。「あがの」で乗車したのもグリーン車キロ28で、結果的にサロ455もキロ28も最初で最後の乗車となったので、今思うと貴重な経験になりました。
郡山駅では、駅のホームや跨線橋から、駅構内に広がる客貨車区などの側線群をしばらく眺めることができました。茶色い旧型客車やたくさんの貨車が構内にひしめく光景は、線路も減り車両の姿もあまりない現在の同じ場所を思うと懐かしいです。
郡山から大宮までは待望の新幹線200系「やまびこ」に乗車しました。噂に聞いていた揺れの少なさは評判通りで、開業直後ということもあって快適な乗り心地でした。これも当時目玉だったデジタル式のスピードメーターを見にビュッフェへも行きましたが、乗車時間帯がちょうど食事時間としては中途半端だったせいか、ここで食事をとることができず残念でした。結局東北新幹線というより新幹線のびゅっふぇでの食事経験は一度もできずに終わったのは悔やまれます。
そして大宮から川越までは当時まだ電化前の川越線のキハ30系に乗車し、川越駅では「セイジクリーム」一色塗装だった東武東上線の8000系を見かけるなど、今にして思えばかなり贅沢な乗り鉄旅という感じの旅行になりました。

私にこうした体験があるからというわけでもありませんが、やはり新幹線などでのアイスクリームの車内販売の廃止は、特に子供連れの乗客にとっては残念な出来事ではないでしょうか。また、せっかく「新幹線のすごく固いアイス」などと話題になっている中での車販廃止というのも、タイミングとしてはどうだったのかとも思います。
「駅ナカ」や市中のコンビニなどでも確保できるほかの飲食物とは異なり、列車外からの冷たいままでの持ち込みが難しいアイスクリームに関しては、せめて夏季や子供連れの乗客の多い時期・列車限定でよいから復活してほしいものですが・・・

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【妄想シリーズ】東海道本線静岡地区の快速運転 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
東京から西へ、東海道・山陽本線(在来線)を「青春18きっぷ」などを利用し、普通・快速列車のみで乗り継ごうとする場合、名古屋圏(豊橋―大垣間)と関西圏(米原―姫路・網干間)には快適な転換クロスシート車で高速運転の新快速・快速などが頻繁に運転され、首都圏の東京―熱海間でも本数やスピードの点で名古屋・関西圏とは大きく差があるとはいえ一応快速「アクティー」や湘南新宿ライン方面への特別快速が走っています。
ところが、首都圏と名古屋圏に挟まれた静岡地区(熱海ー浜松・豊橋間)の東海道本線にはホームライナーを別にすれば快速列車はなく、普通列車でこの区間を通過しようとすると結構な時間を要します。
それでもセミクロスシートの113・115系や、急行「東海」や大垣夜行の関連で東京ー静岡間普通列車1往復に充当されていた165系が健在だった頃は極力それらの使用列車を選ぶようにすればよく、私も当初予定の乗り継ぎ列車が211系だった場合に、1~2本見送って113系に乗ることができるようにあらかじめ乗り継ぎスケジュールに余裕を持たせるようにする工夫をしたものですが、浜松ー豊橋間の一部を除けばこの地区の普通列車のほとんどの運用を担当する211・313系の大半がロングシート車である現在、このエリアをどのように移動するかが、東海道本線で18きっぷを使った旅をいかに快適なものにできるかのポイントになってきます。
このことは、先日のネットニュースでも取り上げられていました。

青春18きっぷの難所「静岡エリア」をどう過ごすか プラス320円で快適に : J-CASTニュース
https://www.j-cast.com/2019/08/18365198.html?p=all

確かにこうした区間では、早くこの区間を抜け出すことだけにこだわらず、敢えて適切なタイミングで「段落とし」的な乗り継ぎを挟みながら移動するというのも、18きっぷの旅でこの区間を攻略するポイントということになりそうです。
そして記事中でも取り上げられていた「ホームライナー浜松3号」とその延長区間の浜松ー豊橋間の普通列車、この列車はかなり利用価値が高そうですね。
この列車、首都圏からでも東京15:27発の沼津行普通列車(列車自体は宇都宮線小金井始発)から余裕をもって乗り継ぐことができ、豊橋からもすぐに大垣行特別快速が接続しているので、名古屋には21:43の到着となります。
18きっぷで東海道本線を下るとなると、「ムーンライトながら」を使ったり東京を早朝~朝に発つ行程が定番ですが、名古屋あたりへ行くならこのルートも十分に「使える」のではないでしょうか。
そして何より320円の乗車整理券さえ確保できれば、夕食時間帯にもかかる沼津ー豊橋間を快適なリクライニングシートに座って移動できるのですから、一度は試してみたい乗り継ぎパターンです。

特別料金不要の列車が普通列車ばかりで、しかも車両はほとんどがロングシートという東海道本線静岡地区の現状に対して、私は以前から乗車するたび、なぜ同じJR東海管内の名古屋圏のような転換クロスシート車による快速が走らないのかと思っていました。
また、静岡県内の主要都市の中には新幹線だけではカバーしきれない東海道本線沿いにある都市も多く、それらの相互間の移動の便を図るという意味でも快速は必要なのではと考えられます。
実は、静岡地区での快速運転は国鉄時代に実績があったそうです。調べてみるとこれは、昭和47年にそれまで東京―名古屋・大垣間運転の列車と静岡止まりの列車が各2往復の運転だった急行「東海」が4往復すべて静岡止まりに変更されたのを補うため、日中1時間間隔で三島―浜松間に快速が運転されていたそうですが、あまり長続きはしなかったようです。
ということで、もし東海道本線静岡地区に快速を走らせるとすれば、というテーマで妄想を広げてみました。
まず快速運転区間は富士―浜松間とします。もちろん、その前後の熱海―富士間や浜松―豊橋間に各駅停車で延長運転するのもよいし、一部の列車は身延線や御殿場線に乗り入れるのもいいかもしれません。
停車駅は富士から西に向かって興津・清水・静岡・焼津・藤枝・島田・菊川・掛川・袋井・磐田・浜松としてみました。これは現在静岡から浜松と沼津へ向けて運転されているホームライナーの停車駅に焼津駅を追加したものです。(ただしホームライナーの富士―沼津間はノンストップ)
もちろん、時間帯により一部区間を各停化したり停車駅を追加したりした区間快速や通勤快速の運転も考えられます。
運転間隔は利用のしやすさを考慮して終日30分間隔程度がよいかと思われます。もちろん途中停車駅での普通列車との緩急接続を充実させ、普通列車の本数減の影響を最小限にとどめることと合わせて快速通過駅にも快速運転の恩恵が行き渡るように配慮することが必要でしょう。
最後に車両は313系かその後継系列の転換クロスシート車とし、編成は4両を基本に時間帯や列車によって6両や8両といった編成でも運転します。

地元の方からすれば、いろいろとご意見もあるかもしれませんが、新幹線の補完の意味からも快速は必要なのではと思いますが・・・
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話すネタが思いつかない・・・ [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:人前で話すのは得意?苦手?

私は 苦手 派

これはもう、はっきり言って苦手です。
会議やちょっとした会合で一言発言する程度ならまだしも(それでも、場合によっては緊張であまり上手く言葉が出てこないことは多々ありますけど)、多くの人の前に立って発表やプレゼンテーション、スピーチをするなどといったことはどうしても好きになれません。
ましてや、仮に私が芸能人や作家、学者などだったとしても、講演やトークショーなどである程度の時間話し続けることなど、かなり無謀かもしれません。(幸か不幸か、今のところそう言った機械が訪れる見込みはありませんが)

今まで、大きな発表やプレゼンテーションの機会はあまりありませんでしたが、会社などでのいわゆる「3分間スピーチ」には毎回悩まされました。
新卒で就職した会社では、多くの部署で朝礼の際に3分間スピーチを行っていました。私の配属された部署でも毎朝スピーチタイムがあり、部長から平社員まで、ほぼ隔週に1回の割合で順番にスピーチ担当が回ってきます。
そこで話す内容は、その日のニュースについてや、最近読んで感銘を受けた本の紹介、プライベートや趣味の話など、人それぞれバラエティーに富んでいて楽しかったですが、いざ自分で何を話すかを考えようとしても、これといったいいネタが浮かびません。
結局、いつも昔のエピソードや趣味の鉄道などの話をどうにかこうにか絞り出してスピーチをやり過ごしましたが、緊張と話のまとめ方が下手なことも相まって、そこそこ満足のいくスピーチができたことはほとんどなかったと記憶しています。
その後転職した会社では朝礼時のスピーチはなく、たまに部内会議で最近の自分の業務内容や業務上の課題などを発表することはあったものの、前の会社ほどの負担を感じる場面はありませんでした。
しかし視覚障害者になった後、国立障害者リハビリテーションセンターでの自立訓練を修了し同じ敷地にある国立職業リハビリテーションセンターに進んだ時、再び3分間スピーチに悩まされることになりました。
職業リハビリテーションセンターの職業訓練は、終了後の企業などの事業所での再就職を目指したものなので、訓練の内容もそれを意識したものになっており、毎朝の訓練開始前の朝礼でも連絡事項の伝達とともに訓練生が順番に担当する3分間スピーチの時間が設けられていました。
私の受講していたパソコン訓練のコースの訓練生は、修了や入所などで随時入れ替えはあるもののおおむね常時30名近くいたので、訓練のない土日・祝日も考えるとスピーチの順番が回ってくるのは1か月半に一回のペースになり、以前の会社ほど回数は多くないものの、やはりこの時も話すネタには困ってしまい、結局毎回私にとっては比較的お手軽な鉄道がらみの話でお茶を濁すことになってしまいました。本当なら鉄道ネタに安易に頼らず、幅広くネタを選んでスピーチをまとめたかったのですが、やはりこの時も人前で話す技術の未熟さを露呈するばかりの状態になってしまったのは悔やまれます。

今務めている会社では在宅勤務ということもあり、今私が所属している部署では朝礼やスピーチもなく、skypeの通話機能を使ってミーティングを行う時にもある程度の時間一人でしゃべり続けなければならない場面はほぼありません。
しかし、今後のことを考えると、また何らかの形でまとまった「一人しゃべり」をする場面が訪れないとも限りません。そういった時に、今度こそ少しでも自信をもって話すことができるように、その場や時に応じた最適な話題を選び、一定時間聞き手を飽きさせないようなトークの技術を身につけたいという気持ちはありますが、さてどこまで買われるやら・・・
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レインボーブリッジを眺めて [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:好きな絶景スポット

私が大学を卒業し、新卒で入社した会社の本社は、東京都港区の竹芝というところにありました。
この竹芝は、伊豆諸島へのフェリーや高速船、夏の東京湾納涼船などが発着する竹芝桟橋のあるところです。
私は、竹芝桟橋の存在はもちろん知ってはいたものの、正直この会社への就職活動で初めて訪れるまで、竹芝桟橋の周辺がどんなところかのイメージが湧きませんでした。
実際にJRでの竹芝桟橋への最寄り駅でもある浜松町駅を出て海の方へ歩いていくと、25年ほど前はまだそれほど大きな再開発は行われておらず、同じエリアでも世界貿易センタービルや地下鉄大門駅の周辺と比べ、飲食店もほとんどなく静かな印象でした。
しかし、竹芝桟橋のすぐ近くになると急に高層ビルや新交通ゆりかもめの高架が現れ、未来的な光景が広がるようになります。
そしてその時見えた高層ビルに入居している会社に、私が就職したというわけです。
入社してから会社の先輩に話を聞くと、竹芝桟橋付近はバブル期に東京湾岸や臨海副都心の開発が脚光を浴び、「東京ベイエリア」などと呼ばれるようになった頃に再開発されたようで、私の入社した会社も入るビルと1階に竹芝桟橋の旅客ターミナルを組み込んだもう一つのビルトのツインビル構造の再開発ビルも、その一環でできたようです。
その2つのビルの間には、それぞれのビルを結ぶペデストリアンデッキと、海側に公園のようなスペースが設けられています。ここには目の前の東京湾やお台場へとつながるレインボーブリッジ、そしてそのお台場に建つフジテレビの局舎などを眺めることのできるベンチが多数設けられています。
こういった絶景スポットだからか、公園内で海をバックにしてモデルさん(?)がグラビアや映像の撮影をしている場面に遭遇したことは何度もありましたし、私には全く縁はありませんでしたがデートスポットとしても人気のスポットのようです。
私は、ここを会社の昼休みに、ほぼ毎日訪れていました。会社のデスクで昼食を食べるより、オープンエアで居心地の良い空間だということもありますが、やはり景色のよさは最高でした。ここで食べるのは主に近くのコンビニで買った弁当やパンでしたが、やはりいい景色の中で食べると何となくおいしく感じられたものです。
時にはビジネスバッグにオペラグラスを忍ばせて出勤し、昼食時にそれを持って公園へ行くなどということをしたこともあります。
結局、新卒で入社したこの会社はいろいろと思うところもあって7年ほどで退社したため、東京湾やレインボーブリッジなどの景観を身近なものに感じる日々は終わりましたが、今もあの頃感じた海風のさわやかさと景色の美しさはよい思い出になっています。
退社してから竹芝桟橋のあたりに行くこともほとんどなくなり、今の状況がどうなっているのかはわかりません。あの頃私が毎日通勤で利用していた浜松町駅の周辺も、ここ15年くらいの間に大規模な再開発が行われ、街並みも大きく変わったはずです。
今の私はあの絶景を再び目にすることはもうかないませんが、暑さが一段落したらまたあの公園へ久しぶりに行ってみたいと思っています。
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文章力がないもんで・・・ [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:夏休みの宿題、一番大変だったのはどれ?

私は読書感想文 派

そういえば、小・中・高校生の夏休みもそろそろ終盤に入るんですよね。
自分の学生時代がもう遠い昔のことになりつつある上に、子供もいないのでこのあたりの季節の流れに鈍感になってしまっている今日この頃。。。
特に小中学生の頃は今くらいの時期になると、まだ片付いていない宿題が重くのしかかりつつある時期でしたっけ。

夏休みの宿題の中でも、「夏休みの友」(どこが?)という名前のドリルや漢字練習帳のようなものは正直それほど苦痛ではありませんでした。
でも、問題は自由研究や図画工作などその他の宿題。
とにかくそれらがついつい後回しになり、夏休み終盤になって慌てて片付けるということを毎年繰り返していました。

例えば絵日記は、「今日はこれ」と言えるトピックがある日はいいけれど、全くネタのない日は正直書くのが面倒でしたし、絵も下手なのでそれも嫌でした。
図画工作も、もともと絵も下手で手先も不器用なので、父親にかなりの部分手伝ってもらってどうにか提出したという状態でした。
自由研究も、テーマがなかなか決まらず、テーマを決めて研究(と言えるほどのものは作れなかった記憶がありますが)を始めてもなかなか満足のいく仕上がりとはなりませんでした。

そして夏休みの宿題の中で一番やりたくなかったのが、読書感想文。
普段から文章力のなさのために作文が苦手な上に、課題図書を読んでも正直これといった感想を持てなかった本もあり、その中で制限時数にある程度近いボリュームで感想文を書くためにどうすればよいか、かなり悩みました。
さすがにあとがきを丸写しにして・・・などといったことはしませんでしたが、書いてみたら字数の半分以上が本のあらすじを要約しただけ、ということもよくありました。
そんな状況なので、読書感想文コンクールで高い評価を受けた人の感想文を読むと、同じ本を読んでも自分とはこうも違うのかと痛感し、感動のポイントや感想を的確に文章にできる能力が自分にもほしいと、本気で思ったものです。

今の小中学生の夏休みの宿題事情がどうなっているのかわかりませんが、毎年の宿題が昔と同じような内容だとしたら、私たちが子供の頃とは夏休みの過ごし方も変化しているであろうことを考えると、もう少し整理しても良いのかもしれません。
夏休みドリルのようなものはそのままとしても、その他の自由研究や読書感想文などは、生徒それぞれが自分の得意なものを夏休みに入る前に選択し、夏休みが終わったら選択した宿題の成果をクラス全員の前で発表し質疑応答も受ける、というようなスタイルにしてはどうかとも思います。
自分の選んだテーマや内容に集中することで宿題自体の完成度も高くなるだろうし、人前で発表したり質問に答えたりすることで、プレゼンの能力や他人に分かりやすく物事を伝える技術なども磨けてそれなりの収穫はありそうな気がしますが・・・

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電車の色に一喜一憂した時代 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:「昔の夏って、こんな感じだったよな」という思いで、ある?

以前記事にも下、先日の友人との船橋法典&流山へのプチ旅で久しぶりに強く実感したこと。
それは、暑い日の冷房や冷たい食べ物・飲み物がいかにありがたいものであるかということ。
普段はこれらのものに対して特別なありがたみを意識することもないけれど、あの日の、特に流山の暑さを肌で感じた後の流山線社内の冷房と、幸谷・新松戸駅近くのコメダ珈琲のかき氷には、本当に救われたような気持になりました。
こんな気持ちになったのは、おそらくは小中学生時代の時以来かもしれません。

あの頃(約30~40年前)は、今よりも冷房が効いているとか、冷たい食べ物・飲み物が食べられる(飲める)ことへのありがたみを感じる場面が多かった気がします。
暑い外で歩いたり自転車に乗ったりした後、冷房がキンキンに効いた店や図書館などに入るとほっとするものを感じたし、かき氷やアイス、サイダーや冷水器の水などを飲むと生き返ったような気分さえ感じることがありました。

そして、ごく一部の地域を除いては今や冷房があることが当たり前の鉄道車両も、あの頃は本線格の路線でも非冷房車が普通に走り、毎年5~6月になるとテレビのニュースや新聞で国電各線や大手私鉄各社の冷房化率が発表されるのが年中行事になっていました。
そんな時代は、電車に乗る時も乗る電車が冷房車であるかどうかは重要でした。
もちろん、私の自宅付近を走る西武線でもその状況は同じでしたが、西武の場合はやって来た電車の色を見て一喜一憂するという状況が、1980年代中盤頃までありました。
それは、冷房車が特急用の5000系を別にすれば、すべて現在も西武の電車のイメージカラーとして定着している黄色塗装だったからで、暑い日に遠くから乗ろうとする電車が見えてきた時に黄色い車体が見えると喜んだものでした。
ただし、実は黄色い車両がすべて冷房車だったわけではなく、一部に非冷房車も含まれていました。
それは、今からちょうど50年前に登場した西武101系初期車(旧101系)で、新製冷房車や冷房改造車はあったものの、非冷房車がすべて冷房改造されたのは1980年代中盤頃だったと思います。
せっかく黄色い電車がやって来たと思っても、その101系非冷房車に当たった時は、やはりがっかりした思い出もあります。

ところで、その西武101系に関する記事が先日ネットに出ていました。

西武101系、走り続ける「黄色い電車」の元祖 (東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/296862

40数年前に西武池袋線沿線に引っ越して西武との付き合いが始まった私にとって、当時すでに池袋線の主力車両になりつつあった101系は馴染みのある車両で、特に運転室後部の座席に座って前面展望を楽しむことのできる旧101系は好きでした。
その101系が、若手の車両検修係員にとって、車両メンテナンスのポイントを覚えるのに適した車両であるというのは、車両検修のベテランの方ならではの視点だと思います。私は車両のメカに関することは正直門外漢ですが、やはり機器の状態が五感で分かるというのは技術の継承という点でも貴重な存在なんでしょうね。

そういえば、あの日乗った流鉄の車両も元西武新101系でした。流鉄の元新101系は塗装以外は西武時代の姿をよくとどめているので、30数年ぶりに冷房の効いた新101系の車内でホッと一息つく、子供の頃の体験を思い出すこともできました。
あ8月3日は、改めて、冷房や冷たいもののありがたさを見直した一日でした。
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憧れはいつも持っていたい [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:ギター弾きたいって思ったことある?

私はある派

そりゃあ男女を問わずギターが弾けることって、何だかそれだけでカッコいいイメージがありますからね。
憧れもあるし、自分でもカッコよくギターを操れたらどんなに気分がいいか、想像するだけでやはりいいものですね。

私は、はっきり言って音楽的な才能やセンスは限りなくゼロに近いです。
歌っても音痴だし、楽器もほとんどまともに演奏できるものはありません。
楽譜もほとんど読めないので、学生時代の音楽のテストは実技にしてもペーパーテストにしてもかなりの苦痛でした。
そんな私でも、ギターが弾けるということは素直にかっこよいと思うし、自分もなれるものならそうなりたいという憧れはずっとあります。

私のギター経験は高校の音楽の授業でほんの「さわり」程度まで習っただけで、しかもほとんど「弾ける」というレベルにも達しない状態で終わってしまいました。
当然というか、音楽のテストでもギターの実技試験には大苦戦し、(お情けの)合格をもらうにも相当苦労しました。
それでも、学校の備品とはいえギターを手にしているというのはこんなに気分がいいものかというのを実感することはできました。

おそらくもうギターを手にする機会は訪れないかもしれないけれど、ギターをカッコよく引きたいという憧れはいつも持っていたいと思います。
タグ:音楽 ギター
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何事も「ほどほど」が一番 [日々のあれこれ&つぶやき]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:休みをもらえるなら何日ほしい?

もちろん、日々仕事や勉強、その他様々な用事に追われている中で休みがもらえるのは嬉しいしありがたいことではあるけれど、あまりに休みが長すぎると、贅沢なものでかえってその休みの過ごし方をいかにすべきか悩んでしまいます。
いくら休みが多いからといって遊び呆けてばかりもいられないし、かといって家に引きこもってばかりでは何とも時間を無駄にしている罪悪感があるし、何より退屈でしかたがありません。
そしてダラケた生活が身についてしまい、休みが明けてもなかなか通常の生活に戻れなくなりそうな気がします。
ある程度まとめて休みをもらうなら月~金曜を通しで休み、前後の土日と合わせて実質9連休にするというのが定番ですけど、そのうちの数日はどこかへ出かけるというのならその方がありがたいけれど、ほとんど出かけることもなく過ごすということになった場合はやはり長すぎる気もします。
やはり、休みの長さも「ほどほど」が一番ということになりますね。

昨日で会社の夏休みと前後の土日、昨日の振り替休日を含めた10連休が終わり、今日から仕事復帰です。
今回の休みほど、ここまで書いてきたことを実感した休みというのも初めてだったかもしれません。
結局今回の10連休でまともにどこかへ出かけたのは、先日も記事にした3日の友人との食事&流鉄流山線の乗り鉄と、9日の通院くらいで、その他に1~2日ほどどこかへ乗り鉄にでも行こうと思っていたにもかかわらず、酷暑に負けて冷房の効いた部屋ですることもなくゴロゴロ、ダラダラする毎日に終わってしまいました。
まあ、今日から仕事だといっても、在宅勤務なので自宅にいることには変わりはないんですが、やはりこんなもったいない大型連休を過ごしてしまうと「この時間にはこれをする」というのがきちんとある生活というのは、生活にメリハリやリズムが生まれていいものだという気がしてきます。
やっぱり、これをきっかけに休日の過ごし方というのも見直した方がいいんでしょうね。

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