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すっかり「ながら」の癖がつき・・・ [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:勉強中(仕事中)音楽聴く?

私は子供の頃から、テレビを見ながら本や雑誌を読んだりおもちゃで遊んだりと、「ながら○○」するのが日常だったようです。
そして、小学5年生の時に父親に中古のラジカセを譲ってもらった後はラジオの面白さにハマり、それからというもの、家で勉強する時はラジオや音楽を聴きながら、という習慣がすっかりついてしまいました。
それは受験勉強の時も変わらず、深夜は「寝てしまわないため」という勝手な大義名分(?)のもと「オールナイトニッポン」や「スーパーギャング」といった深夜放送を聴きながら勉強したものでした。
もっとも、番組が面白すぎて勉強の手が止まるだけならまだしも、眠気に負けていつの間にか寝落ち・・・なんてことも一度や二度じゃなかったけど・・・(汗)
大学を卒業して就職した後はさすがに仕事中にラジオや音楽を聴くことはなかったけれど、時にはラジオや音楽を聴きながらでもできる仕事をしてみたくなる瞬間があったことは事実です。
そして今の私は、在宅勤務になったことや仕事がそれほど集中力を要求されるようなものではないことを幸い、ずっとラジオやCD、録音図書などを聴きながら仕事してます。(スカイプの通話機能を使って部署のメンバーでミーティングをすることがあるので、その時は音声を絞りますが)
仕事の時間が単調な時間にならずに済むのはいいけれど、受験勉強の時と同様ラジオの内容が楽しすぎてついつい仕事の手が止まってしまいがちなのがマイナス点といえばマイナス点ですが。。。

ちなみに、日々のブログも、もちろんラジオやそれを留守録したものを聴きながら書いてます。
ブログを書くときは、なぜか勉強や仕事の時とは逆に、記事を書くのに集中してラジオの内容が頭に入ってこないこともあったりなかったり…

タグ:音楽 ラジオ
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毎朝のルーティーン [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:子供の頃夢中で見ていたテレビ番組

過去の記事でも書いた通り、私は子供の頃、まさに絵に描いたような「テレビっ子」でした。
当時バラエティー番組や歌番組にはほとんど興味はなかったけれど、アニメやクイズ番組は大好きだったし、当時よくあった子供向けのドラマもいくつか見ていました。
そんな中でも、幼稚園時代に限って言えば、一番夢中で見ていたのは、幼児・子供向け番組だったかもしれません。
地上波テレビの子供向け番組といえば、今ではNHK Eテレの独壇場といった感じで、長年続く「おかあさんといっしょ」をはじめいろいろな番組が放送されていますが、私が子供向け番組をよく見ていた約40年前の幼稚園児時代は、民放にも子供向け番組が何本かありました。
私がよく見ていた番組としては「ロンパールーム」「カリキュラマシーン」(以上、日本テレビ)、「ママとあそぼう!ピンポンパン」「ひらけ!ポンキッキ」(以上、フジテレビ)などがありましたが、「おかあさんといっしょ」や当時この他に放送されていた日本テレビの「おはよう子どもショー」はなぜかほとんど見た記憶がありません。(おそらく、放送時間帯との兼ね合いかもしれません)
当時ほとんどの番組が月曜日から金曜日または土曜日の帯番組だったと思いますが、私はほぼ毎日これらの番組を見ていた記憶があります。
特に「ピンポンパン」「ポンキッキ」は以前の記事でも取り上げた「みどりの窓口」とともに毎朝のルーティーンになっていました。
かつて大ヒットした「およげ!たいやきくん」も、私は空前の大ヒット曲になっているとはつゆ知らぬまま、ほぼ毎朝「ポンキッキ」で聞いて(見て?)いた歌の一つでした。その他にも「ピンポンパン」や「ポンキッキ」でよく聞いた歌の中には今も覚えている歌もいくつかあります。
これらの番組は大抵は朝の幼稚園や保育園の時間の前に放送されるものが多く(夕方に再放送のある番組もあったようです)、おかげで(?)子供の頃から朝なかなか起きないということはあまりなかったようです。
また、母親に言わせれば、私は「カリキュラマシーン」で平仮名を覚えたらしいです。(自分ではその自覚はないですが)

私ももう50歳近くなり、幼児・子供向け番組と縁がなくなって久しく、さらに子供がいないこともあり今どきの子供向け番組のことは正直よくわかりません。子供番組のメインターゲットになる視聴者層の子供は今や自分の子供どころか孫でもおかしくない年齢差になりました。
幼児・子供向け番組は過去のテレビ番組を解雇する番組でも、ドラマやバラエティー番組と比べるとあまり取り上げられていないような気もしますが、どこかで私が夢中だった当時の子供向け番組の映像を見るチャンスがあればぜひ見たい・・・なんて言ったら呆れられてしまいますかね(笑)

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やっぱり新幹線0系は愛される存在なんだね [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:昔よく見かけたけど、最近見ないなあと思う物の思い出

先日ネットニュースにこんな記事がアップされていました。

消えゆく薬局の遊具、鳥取の「しんかんせん」がラストラン (乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/89537

そういえば私が子供だった40年以上前、薬局だけでなくスーパーや商店街の店先などいろいろな所に、こうした10円玉を投入口に入れると2~3分動く(というか、あたかも走っているかのように揺れ動く)遊具が置かれていて、買い物の旅に親に頼んで載せてもらったっけ。
新幹線はもちろん、電車やバスやパトカーなどを模したものから、犬や猫、馬などをかたどったものまで、いろいろなものがあったのを今でも覚えています。
まだ幼い頃、こうした遊具のある店に母親などと買い物に行くたび、何度も乗りたいとごねて困らせたのも、今となっては懐かしい思い出です。
確かに近年はこうした遊具を見かけることもかなり少なくなりましたが、5~6年ほど前、東京の荒川区にある「あらかわ遊園」に行ったとき、園内の一角にこのような遊具がいくつかおかれ、現役で稼働しているのを見かけ、とても懐かしい思い出に浸ったものです。

それにしても、今回、というか今日「ラストラン」を迎える記事中の「0系」の遊具が、エスエス製薬の販促物だったとは知りませんでした。
薬局の前に置かれているマスコット等といえば、コルゲンコーワのカエルやサトウ製薬の「サトちゃん」を思い浮かべることが多いですが、新幹線の遊具を製薬会社が設置したというのも意外な気がします。
確かに、かつては今以上に新幹線は子供たちの憧れの存在だったでしょうから、子供連れでも気軽に薬局に足を運んでもらうためには絶好のアイテムになりそうですし、今回ラストランを迎えるもののように新幹線のない地域のお店に設置されたものは大人にとっても特別な存在に感じるものだったのかもしれません。
そして、こうした遊具を専門の遊具メーカーでなく、薬局自身がメンテナンスしながら現在まで使い続けてきたのも驚きです。現在ではこうした小型の遊具を製造していたメーカーも少なくなり、補修部品の調達も難しくなっているといわれる中(先日惜しまれながら閉鎖された川越まるひろ百貨店の屋上遊園地もこれが閉演の大きな原因だとか)、今まで修理を続けつつ稼働し続けたというのも、幅広い世代の多くの人々から愛される存在だったからこそなのでしょうし、それだけに「ラストラン」が多くの人の注目を集める結果になったのでしょう。
この「0系」の処遇がどうなるのか未定のようですが、できればどこかの鉄道系博物館に可能な限り稼働状態で保存されるのが望ましいと思います。実車だけでなく、こうした鉄道車両をモチーフにした遊具やおもちゃなども、鉄道にまつわる歴史資料として保存価値はあるような気がします。

それにしても、新幹線0系が営業運転を終了してからもう10年ほどになり、0系の現役当時の姿を知らない世代も増えつつある今でも、0系は多くの人に愛される存在だというのを、この記事からも感じることができます。新幹線といえば?と質問されて0系を思い浮かべる人はいまだに多そうだし、新幹線を表すピクトグラムに0系が採用されている例は今もいくつかあるようです。
それだけ、新幹線0系は日本や世界の鉄道だけでなく、多くの人々にとって本当に特別な存在なんですね・・・




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そりゃあ、18年ぶりのことですからね [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:○年前の今日はどんな日?

それは、今から16年前の今日、2003年9月15日の夕方から翌朝にかけてのこと。
私はその数日前から、少し遅い会社の夏休みを利用して、岡山・広島方面へ乗り鉄旅に出かけていました。
この乗り鉄旅では、ブルートレイン編成の「出雲」や213系時代の「マリンライナー」のパノラマグリーン車、可部線の可部ー三段峡間のそれぞれ最初で最後の乗車をはじめ、あちこち乗りまくりましたが、それについてはまたおいおい書かせていただくとして、今回はその後の話です。

当日(9月15日)の朝、広島での乗り鉄を終えて山陽新幹線700系「ひかりレールスター」編成の「ひかり」で広島を後にしました。といってもこのまままっすぐ帰路についたわけではなく、この日は大阪で一泊する予定でした。
大阪で寄り道した理由は、翌日に滋賀県長浜市の「長浜鉄道スクエア」を見に行く予定にしており、広島からの帰りの途中によるとなるとスケジュール的にあまりゆとりがなくなるので、広島よりも長浜鉄道スクエアへのアクセスが便利な大阪で泊まることにしたのです。

昼前に「ひかり」で新大阪に着いた後は、夜に大阪駅近くのビジネスホテルに入るまで未使用の「Jスルーカード」(当時JR西日本近畿エリアで利用できたプリペイドカード)や「スルッとKANSAI」(やはり近畿エリアの私鉄・地下鉄・バス等の多くの会社・交通局の路線で利用できるプリペイドカードシステムの総称)のカードを利用して乗り鉄を楽しみつつ時間をつぶしました。
乗り鉄をしながら持参のポケットラジオで地元のラジオを聴いていると、14時少し前から、その日甲子園球場で行われていた阪神対広島戦の中継が始まりました。
この年のプロ野球セ・リーグは、この時の乗り鉄旅の時点で18年ぶりの阪神優勝がもう秒読みに入っており、あとはいつ優勝するかに話題が集まっていましたが、数試合足踏み状態が続いた後、その日のデーゲームを迎えていました。
普段の私は基本的に野球にはほとんど関心がなく、テレビやラジオの野球中継をじっくり見たり聞いたりすることはありませんが、この時は久方ぶりの阪神優勝まであと一歩のタイミングに、たまたまそのお膝元の関西にいるという偶然にテンションが上がっていたのか、そのまま何となく中継を聴き続けていました。
確か17時30分近くだったと思いますが、関西空港駅の南海の構内にいたタイミングで阪神対広島戦は見事阪神の逆転勝ちに終わり、あとは確か16時か17時試合開始のヤクルト対横浜戦で、横浜が勝てば阪神が優勝ということになりました。
19時過ぎに今夜の宿泊先のホテルにチェックインしてしばらくたった頃、ヤクルト対横浜戦で横浜が勝ったことで、阪神のリーグ優勝が決まりました。
優勝決定は19時半頃だったと思いますが、ラジオを聴いているとその1時間ぐらい前からすっかり優勝間違いなしというようなムードの放送になり、聴いているこちらもだんだん興奮状態になってきました。
優勝が決まると、もうあとはすっかりお祭り気分という感じで、完全に「にわか」な私でも気分はすっかり阪神ファンになった気分で、テンションが最高潮に達していました。

阪神優勝が決まった後のテレビやラジオは、NHKも民放も少なくとも関西ローカルの番組は、ほぼ阪神優勝一色になり、深夜はNHK教育を除くほぼ全チャンネルで優勝特番を長時間放送していました。さすがに夜通しこれらの番組に付き合ってばかりもいられないので途中で寝ましたがテレビやラジオでも阪神優勝の余韻は翌日の朝まで続いたようです。
翌朝になって、主要スポーツ紙5紙(デイリー、スポニチ、日刊スポーツ、サンスポ、報知)のセット販売があるというので記念に購入しようとしましたが、大阪駅の売店をいくつか見て回ってもどこの店でもスポーツ紙・一般市とも新聞のラックが空っぽになっているという状態でした。
その他にも、デパートやショッピングセンターなどには阪神優勝を祝う垂れ幕や横断幕があちこちで見られるなど、優勝から一夜明けてもまだまだ興奮冷めやらずといった雰囲気でした。

球団も人口も多い関東では、テレビ・ラジオが地元球団優勝の話題一色になったり、スポーツ紙が売切れたりといった状況はなかなかないので、いかに阪神優勝が大事件かを実感することができました。やはりあの1985年の日本一以来18年ぶりの快挙だけに、その喜びはもう言葉で言い尽くせないほどだったのでしょう。完全に「にわか」な私でさえ阪神優勝の日に立ち会え、その興奮を肌で感じてテンションが最高潮に達したくらいですから、長年の阪神ファンの方々にしてみればどれだけの喜びだったのか、容易に想像できます。
普段はあまり野球には関心のない私ですが、この日ばかりは野球好きな人の気持ちに、少しは近づけたかもしれません。

阪神は2003年は結局日本一を逃し、2005年にもリーグ優勝どまりに終わった後、久しく優勝から遠ざかっており、今年もどうやらクライマックスシリーズに進出できるかどうかという状況らしいですが、次回阪神が優勝した時も、16年前の今日私が味わったような興奮の一夜がまた展開されるのでしょうか。
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「保存」か「集客」か、そのバランスが難しい [鉄道ニュース]

こんばんは、gonanaです。
群馬地区をはじめ、JR東日本エリアの各地のSL列車やイベント列車、時には訓練列車などでも活躍しているJR東日本高崎車両センター高崎支所の旧型客車が、来年の群馬デスティネーションキャンペーンに向けて内装を大幅にリニューアルされることになったそうです。
詳細は下記のリンクからどうぞ。

昭和初期の木目調客車 楽しんで JR 群馬DCに向けSL車内を改修 1両はラウンジカーにも(上毛新聞) - Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190913-00010000-jomo-l10

う~ん・・・、鉄道ファン的にはこのニュースについての感想はちょっと複雑です。
確かに現在のSL列車は機関車や客車の保存運転というより「観光列車」の一ジャンルという色彩が強いものですし、鉄道ファンや懐かしいもの好きの人だけでなく、家族連れも含めた幅広い層にアピールするためには思い切った「観光列車」仕様の内装へのリニューアルは避けては通れないのでしょうか。
でも・・・、やっぱり鉄道ファン、国鉄型車両ファンとしては何か素直に歓迎しにくい気分というのが正直なところです。
このあたりは、大井川鐵道の「トーマス号」に感じた気持ちと同じものがあります。

このリニューアル後の内装は昭和初期をイメージしているそうですが、7両中のうちスハフ32 2357が戦前製(確か昭和13年製?)以外は昭和20年代製ということを考えると、昭和20~30年代のイメージとした方がふさわしいような気がするのは私だけでしょうか。
建物の内外装などで昭和レトロというと、戦前のイメージに寄っていく傾向が強いような気もしますが、今や昭和20~30年代も立派な昭和レトロになると思うので、旧型客車に関しては現状を基本に居住性や安全性を現在の水準に適合させる形でのリニューアルと保存という方向にしても良かった気がします。
そして、これだけ大幅な内装のリニューアルを施すなら、いっそのことJR西日本の「SLやまぐち」用35系客車のような新製客車の投入を考えても良かったと思います。車体はステンレス製としてもフルラッピングによりSLや国鉄型機関車と調和の取れた外観にすることは十分可能でしょうし、内装やサービスにしても今回のリニューアル計画以上の新機軸を盛り込めるかもしれません。

それにしても、SL列車や国鉄型車両などの旧型車両の原形を重視した保存運転と、多くの人に存在や意義をアピールしつつ観光や地域の振興にもつなげるための集客策とを上手いバランスで両立させるというのは、なかなか難しいことなんでしょうね。

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若さと「好き」のなせる業 [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:通勤通学、何分まで耐えられる?

在宅勤務なので通勤時間0分の私がこのお題に答えるのも変ですが、通勤通学時間としてはやはり1時間未満が理想でしょうね。
小学校の時は学校まで徒歩30分弱ぐらい、中学は自転車で約10分、高校は自転車の場合で約15分、電車利用だと遠回りになるのでトータル約50分程度と、おおむね理想通りでした。(大学時代に関しては後で書きます)
就職してからは、新卒で入社した会社も転職した会社も約90~100分ほどの通勤時間でした。
最初の会社は港区の竹芝、次の会社は東銀座にあったので、埼玉県某市の自宅からはどうしてもこのくらいの通勤時間がかかってしまうわけですが、やはり毎日のこととなると少々きつかったです。
まあ、新幹線や高速バスなどを駆使して群馬や栃木、茨城や静岡などから都内へ3時間程度かけて遠距離通勤している人のことを思えばまだ楽とも言えますが・・・
やはり日々の生活のゆとりを考えると理想は1時間以内ですね。

「遠距離」といえば、大学時代は埼玉県某市の自宅から千葉市中央区内の大学まで通学していました。
大学の最寄り駅はJR内房・外房・京葉線の蘇我駅で、そこから徒歩かバスで学校へ向かっていました。
現在であれば、自宅最寄駅から西武戦に乗り、西武池袋線と東京メトロ有楽町線の直通電車で新木場へ。そこからJR京葉線で蘇我へ向かうのが、最も乗り換え回数が少なく、しかもおそらく最短時間で楽に乗り継げるルートでしょうが、私が通学していた時代はまだ西武有楽町線練馬ー新桜台間が未開業で、このルートはつながっていませんでした。
そのため当時の私の通学ルートは、西武戦で池袋へ出て、山手線(上野経由)で東京駅へ。そこからは総武快速線+内・外房線、または京葉線で蘇我へ、という物でした。
東京駅からのルートが2つあるのは、当時の東京ー蘇我間は定期券でも総武線経由と京葉線経由との選択乗車が可能で(定期券の券面上は京葉線経由の表示がされており、総武線経由の場合でそのルート上の駅で途中下車や乗車をする場合は駅員のいる改札を通れば入出場できた)、急いでいるかどうかやその時の気分、立ち寄る場所の都合などで使い分けていたからです。(この選択乗車が今も可能なのかどうかはわかりませんが)
この通学ルートの所要時間は約3時間で、例えば朝9時からの第1限目の授業に出ようとすれば、6時頃に自宅を出ないと間に合わないという具合でした。
大学入学に当たって、大学近くで一人暮らししようとは特に考えず、何となく遠距離通学することを決めましたが、さすがに入学して最初の1ヶ月ほどは往復6時間ほどの通学をほぼ毎日のようにするのは厳しいかと思いましたが、しばらくすると体力的にも精神的にも少しずつ慣れていき、卒業まで遠距離通学を完遂することができました。
時には、夜にサークルの飲み会がある日で、受けている授業の時間割の都合で時間がぽっかりと空き、そのためこのコースを1日に2往復または1往復半して昼間に一時自宅へ帰るなどということも何度かありました。
普通の人なら嫌になるこの遠距離通学も、鉄道好きの私にとっては逆に楽しいものでした。
私がこのルートで通学していた1991年春から1995年春頃は、総武快速線はまだまだスカ色の113系の天下(E217系のデビューは1994年12月)で、並走する総武緩行線も数少ない205系の他は黄色の103・201系が大活躍。京葉線でも205系とともに103系が活躍するなどまだまだ国鉄型健在という状況で、今から思うと車両面の細かなバラエティーを楽しむことができたよい時代だったと思います。
その他、昼頃に総武快速線に乗る時は千葉駅の駅弁を113系のクロスシートで食べたり、「新聞電車」こと新聞輸送のクモニ143との出会いを楽しんだり、当時古い機関庫の建屋が残っていた新小岩駅の構内の機関車を眺めたりするのも通学中の楽しみでした。

まさに鉄道好きだったから、そして何よりもまだ20歳前後の若さだったからこそ4年間遠距離通学を続けられたといえるでしょう。
あれからもう30年近くが経過し、今の私にはさすがにこれだけの遠距離通勤は無理でしょうね。
クロスシートに座れることでルート上のよいアクセントになっていた総武快速線も、現在のE217系を置き換えるE235系ではついに普通車からセミクロスシート車が消滅するというから、ちょっとした旅気分を味わうこともかなわなくなりそうだし・・・

いろいろな意味で、大学時代には一度戻ってみたいものです。

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11年通い続けると [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:渋谷・新宿・銀座、どこが好き?

私は銀座派

ちょっと待った!(古っ)
おいおい、もう一つ街をお忘れじゃございませんか?
なぜ池袋が選択肢に入ってないんだ?
西武沿線に住んで40年超、密度の濃淡はともかく池袋と縁のない生活は考えられませんでしたから(笑)
あの「翔んで埼玉」でも、「埼玉県民はみな池袋に集まる」なんて受け取られるような描き方をされているくらいですし、池袋が選択肢に入っていないのは埼玉県民的にはなんかすっきりしないような・・・

まあ、それはともかく、渋谷・新宿・銀座の中で選ぶなら、銀座派ですかね。
渋谷は駅や街の構造のわかりにくさといい、そこにいる人たちといい、自分には一生肌に合わない街のような気がします。実際に渋谷の街に出たことも過去2回ほどしかなく、さらに地上駅時代の東急東横線渋谷駅でカバンを置き引きされたりと(まあこれは私の責任でもあるわけですが。ちなみにカバンは数日後中の荷物ともども無事手元に返ってきました)、正直いい思い出がほとんどありません。
新宿は決して嫌いな街ではないけれど、実はこちらもあまりじっくり街を歩いた経験がなく、馴染みのある街と言えるかどうか微妙な感じです。
またとにかく新宿駅が巨大すぎて、私鉄や地下鉄部分も含めた全体像がいま一つつかみづらいというのも、視覚障害者になってみると少々利用にハードルを感じるところです。見えていた頃はあの「ダンジョン」と呼ばれる複雑な構造も人の多さもそれほど気にはならなかったんですけどね・・・
銀座は、かつては自分には縁のない街だと思っていました。銀座=高級とか大人というイメージが刷り込まれていたからかもしれません。
しかし、転職して入社した会社の本社が東銀座にあり、私の勤務地もそこになったため、必然的に銀座は毎日のように通う街になりました。
もちろん銀座に軒を連ねる高級なクラブやバー、宝飾店などには相変わらず縁はなかったけれど、実際にこの町に毎日通っていると決してそれだけの街ではないことに気づかされました。
例えば食事のできる店にしても立ち食いそば屋もあればマクドナルドもあり、一方でいろいろな種類の料理の専門店も多数あったりで選ぶのに困るほどですし、会社の飲み会で使えるような居酒屋も少なくありません。普通にコンビニもあちこちにありますし、ドトールコーヒーも知っているだけで数店あります。
そして、銀座界隈にある東京メトロ・都営地下鉄の銀座・東銀座・銀座一丁目駅だけでなく、JR有楽町や新橋などの駅にも少し歩けば行くことができるのも、銀座という町の便利さを実感するポイントでした。
私自身の思い出としては、クリスマスが近づくと中央通りの沿道や店先にイルミネーションが輝いてとてもきれいだったのを思い出しますし、鉄道好き的には会社の昼休みに四丁目の交差点から少し有楽町寄りにある「天賞堂」の鉄道模型売り場にたまに行って鉄道模型を眺めて(高価なので買いはしませんでしたが)目の保養をしたり(天賞堂の模型売り場は現在、少し離れた新店舗に移転したそうです)、夏休みにはかつて松屋銀座で毎年開催されていた「鉄道模型ショウ」を昼休みや会社帰りなどに見に行ったりと、思い出してみればいろいろな思い出があります。
11年と2か月通った銀座も、私が視覚障害者となり会社を退職することになって以来、すっかりご無沙汰ですが、また何かの機会があればぜひ行きたい街の一つです。
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シグナルエイド [視覚障碍者としてのあれこれ]

こんばんは、gonanaです。
私のような視覚障害者が外出する時に危険を感じる場面の一つが、交差点などで道路を横断する時です。
人や車の通行量が多い場所や時間帯では、横断歩道の場所さえ把握できれば、目が見えなくても人や車の動く音や方向を耳で確認することで、信号機があれば、今青信号なのか赤信号なのか、信号機のない所でも今横断してよいのかどうかをある程度は判断することはできます。しかし、交通量の少ない場所や時間帯はそのような方法で横断のタイミングをつかむことも難しくなります。
加えて、近年は、ハイブリッド車など走行音やエンジン・モーターなどの音が低減されている車も多く、そうした車の存在に気付かずに事故に遭うリスクも高まっています。
そんな時、安全に安心して道路を横断するための助けになるのが、交差点に設置された音響式信号機です。
これにより、音の鳴っている方向さえ把握できれば安心して横断歩道を渡ることができます。全国的に音響式信号機の設置率はまだまだかなり低いものの、視覚障害者の外出の安全のためには重要な設備になっています。
しかしそんな音響式信号機ですが、深夜・早朝にはそのほとんどで音が鳴りません。
その理由としては、音響式信号機の設置されている付近の住民に対する騒音対策というのが大きく、視覚障害者の希望と地域住民の意見を聞き、それを踏まえて信号機の音の鳴る時間を調整しているのが現状です。
このため、視覚障害者が深夜や早朝に外出する際、たとえ歩き慣れた道でも音響信号の音が鳴らないことで信号の色が認識できず、道路横断の可否を自分で判断しなければならなくなり、その結果として、早朝で音響信号が鳴らない中で、横断できると判断して歩き出したところへ車が接近し事故に遭うという死亡事故も起こっています。もし早朝であっても音響信号の音で信号の色が認識できていれば、事故は起こらなかったかもしれません。
そうした状況を変えるために、「シグナルエイド」という機器が開発されました。
「シグナルエイド」は製品名で、正式には「歩行時間延長信号機用小型送信機」といいます。携帯電話よりもやや小型の機器で、対応する信号機に向けてボタンを押すと信号機に電波が送信され、音響式信号の音を鳴らすことができるというものです。
現在、全国の自治体でこのシグナルエイドに対応した信号機の導入も進んでおり、「日常生活用具」として自治体の給付や補助の対象にもなっていて、少しずつではありますが利用の環境は整いつつあります。
しかし、そのシグナルエイドにも課題があります。
まずは、そもそも「シグナルエイド」の知名度が、視覚障害者の間でもまだまだ低いという事です。特に中途で視覚障害者になった人に存在が知られていない傾向があり、実は私もシグナルエイドの存在を知ったのは今から数か月前の事でした。
その理由としては、先天的に、あるいは子供の頃から視覚障害を持つ人は、盲学校(視覚特別支援学校)や歩行訓練、視覚障害者同士のコミュニティーなどでシグナルエイドについての情報を得る機会も多いのに対し、私のような中途視覚障害者には機器の存在すら知られていない事が多い事が挙げられます。
また、どの信号機でもシグナルエイドで音が鳴らせるわけではありません。先ほども書いた通りまだまだ音響式信号機の設置率は全国的に低く、しかも音響式信号機であってもシグナルエイドに対応していない信号機もまだまだ存在します。
さらにシグナルエイドに対応した信号機がどこにあるのかという情報もあまり知られていないのが現状で、これからはシグナルエイドなどの支援機器の存在や、それに対応した信号機の場所などの情報が当事者に広く周知される事が課題になっています。
視覚障害者が安全に道路を横断するために、シグナルエイド以外にも東京都内を中心に、タッチ式スイッチという、押しボタンを押す事で今の信号が青なのか赤なのかを音声で知らせてくれる機器の設置された信号機の設置が進んでいる他、信号の色を音声で教えてくれるスマートフォンアプリや、それに対応した信号機の実証実験も行われているようです。
いずれにしても、視覚障害者が時間帯を問わず安全に安心して街を歩けるように、ハード・ソフト両面で様々な改善がスピード感を持ってなされる事を期待したいと思います。

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今日はいつもよりメリット大では? [日々のあれこれ&つぶやき]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:テレワークや在宅勤務、やってみたい?

「やってみたい」かどうか以前に、私は今の会社に入社して以来ほぼ3年、在宅勤務をやっています。
もっとも、会社の社員のほとんどが在宅勤務ということで、必然的に在宅勤務となったので、自分から在宅勤務を選択したわけではありませんでした。
まだ目が見えていたころの私は、テレワークや在宅勤務という働き方があることは何となくは知っていましたし、出社するのが何となくかったるく感じる日には在宅勤務をしている人がうらやましく思えたりしたこともありましたが、正直自分にはテレワークや在宅勤務は縁がないものと思っていました。
しかし視覚障害者になって、その後いろいろあって在宅勤務というものをすることになり、急にそういった働き方が身近なものになりました。
いざ在宅勤務を始めてみると、やはり通勤時間が0分というのは非常に楽だということを実感しました。
見えなくなるまでの間に勤務した2つの会社の勤務地はどちらも都内の南寄りのエリアにあり、埼玉県某市の我が家からだとどちらも通勤に片道1時間40分ほどを要するうえ、出社時刻によっては早い時間に家を出なければならず、そうなると必然的に早起きが必須なのが負担でした。
それが在宅となることで、通勤時間が0分になるだけでなく朝も無理のない時間に起床すればよく、夕方・夜も勤務時間が終われば即プライベートタイムになるので全体的に時間の使い方にゆとりができました。
そして天気の悪い日や、特に今朝の関東地方のような、台風などで通勤の足が奪われるような事態が起きた時などは、天候や通勤のことをほぼ気にしなくてよいという点で大きなメリットと言えます。
そして視覚障害者としても、通勤時のトラブルや事故のリスクから解放されるというのも外せないところです。
テレワークや在宅勤務のメリットというのもだいたいこのあたりに集約されるのでしょうね。
一方で、在宅勤務をやっていてデメリットだと思うのが、通勤がないことからくる運動不足。
まあ、運動不足は通勤をしていた当時にも指摘されたことがあるので、在宅勤務になったことだけが原因ではないにしても、やはりずっと座りっぱなしでいることが多くなったことによって、特に暑い中で長めに歩いたりしたときの疲れは昔より大きくなった感じがあります。
今のところ今後も在宅勤務で仕事を続けていくことになりそうですが、在宅勤務ならではの上手い時間の使い方や、通勤という「運動」がなくても運動不足に陥らないような運動の仕方など、いろいろ勉強していきたいと思っています。

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まさに「生活の一部」 [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:ラジオって、よく聞く?

ハッキリ言って、「よく聞く」なんて程度のものではありません。
「ラジオを聴く」ということは、私にとってはもはや生活の一部といっていい習慣です。
もともと小学校5年生の頃にラジオを聴くことにハマって以来、現在までラジオを聴くことをやめた時期はありませんでしたが、20歳代後半になったあたりから、テレビにかつてほどの興味がなくなり、その後だんだんとテレビを見ない日はあってもラジオを全く聴かない日はほぼないという状況になっていきました。
そして、視覚障害者になった今、テレビの画像を見ることのできない私にとってラジオは重要な情報源です。
ニュースや天気予報、硬軟さまざまな情報を得ることはもちろん、時計がなくてもおおよその時刻を知ることができるのも、視覚障害者にとってはありがたいものです。
ラジオではテレビよりも現在の時刻がアナウンスされる機会が多く、テレビでは姿を消した毎正時の時報もほとんどの局で健在です。また、ラジオを聴く習慣が定着すると、番組やその中のコーナーやミニ番組などの開始や終了のタイミングでもだいたいの時間がわかるようになり、これもラジオの便利さです。

ラジオ大好き歴40年近い者としては、特に若い世代に「ラジオを全く聞いたことがない」とか「そもそもラジオってどうやって聴くのかわからない」という層が多いのは残念な所です。
テレビやネットは特に意識しなくても常に身の回りにあるものというイメージが強いのに対し、ラジオは自分や周囲の誰かがラジオを購入するとか、家やよく行く場所で流れていたりとか、ラジオ聴く習慣が根付くきっかけがないとなかなかその面白さや便利さに気づかない弱みがあるというのも、ラジオの不利な点かもしれません。
それでも近年は、パソコンやスマホでラジオを聴くことができる「radiko」サービスが定着したり、ラジオパーソナリティーの発言がネットニュースに取り上げられたりと、ラジオにとって明るい材料もあるのは事実です。

そして、ラジオに関しては、最近こんな変革も起ころうとしています。

AMラジオが終わるとき (ITmedia NEWS)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1909/04/news023.html

もともとAMラジオでラジオの面白さを知り、その後も現在までFMよりも圧倒的にAMラジオを聴く時間が長く、番組内容としてもAMラジオ派の私にとっては、民放連がAMラジオ廃止の方針を打ち出した時には大変衝撃を受けました。
AMラジオになじんだ者にとっては、今でも例えばJ-WAVEのようないかにもFM的な放送局や番組はあまり好きではなく、AMがなくなることで既存のAMラジオの放送局や番組の雰囲気が一変してしまうのではないかという懸念も一瞬頭をよぎりました。
ただ考えてみると、AMラジオの番組をそのままFMの周波数でも聴くことのできる「ワイドFM」という放送方式も広がりつつあり、ワイドFMがスタートしてもAM局の番組が劇的に変わったかといえばそうでもないという事実からすれば、FMに一本化して運営コストが下がるのであれば、これも時代の流れなのかなという気もします。
いずれにしても、これを機に、ラジオは過去のメディアというような世間のイメージが変わるような時代が来ることを、ラジオ好きとしては願ってやみません。

今後も、たまにラジオがらみのネタも書いていこうかなと思っています。
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