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電車の色に一喜一憂した時代 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:「昔の夏って、こんな感じだったよな」という思いで、ある?

以前記事にも下、先日の友人との船橋法典&流山へのプチ旅で久しぶりに強く実感したこと。
それは、暑い日の冷房や冷たい食べ物・飲み物がいかにありがたいものであるかということ。
普段はこれらのものに対して特別なありがたみを意識することもないけれど、あの日の、特に流山の暑さを肌で感じた後の流山線社内の冷房と、幸谷・新松戸駅近くのコメダ珈琲のかき氷には、本当に救われたような気持になりました。
こんな気持ちになったのは、おそらくは小中学生時代の時以来かもしれません。

あの頃(約30~40年前)は、今よりも冷房が効いているとか、冷たい食べ物・飲み物が食べられる(飲める)ことへのありがたみを感じる場面が多かった気がします。
暑い外で歩いたり自転車に乗ったりした後、冷房がキンキンに効いた店や図書館などに入るとほっとするものを感じたし、かき氷やアイス、サイダーや冷水器の水などを飲むと生き返ったような気分さえ感じることがありました。

そして、ごく一部の地域を除いては今や冷房があることが当たり前の鉄道車両も、あの頃は本線格の路線でも非冷房車が普通に走り、毎年5~6月になるとテレビのニュースや新聞で国電各線や大手私鉄各社の冷房化率が発表されるのが年中行事になっていました。
そんな時代は、電車に乗る時も乗る電車が冷房車であるかどうかは重要でした。
もちろん、私の自宅付近を走る西武線でもその状況は同じでしたが、西武の場合はやって来た電車の色を見て一喜一憂するという状況が、1980年代中盤頃までありました。
それは、冷房車が特急用の5000系を別にすれば、すべて現在も西武の電車のイメージカラーとして定着している黄色塗装だったからで、暑い日に遠くから乗ろうとする電車が見えてきた時に黄色い車体が見えると喜んだものでした。
ただし、実は黄色い車両がすべて冷房車だったわけではなく、一部に非冷房車も含まれていました。
それは、今からちょうど50年前に登場した西武101系初期車(旧101系)で、新製冷房車や冷房改造車はあったものの、非冷房車がすべて冷房改造されたのは1980年代中盤頃だったと思います。
せっかく黄色い電車がやって来たと思っても、その101系非冷房車に当たった時は、やはりがっかりした思い出もあります。

ところで、その西武101系に関する記事が先日ネットに出ていました。

西武101系、走り続ける「黄色い電車」の元祖 (東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/296862

40数年前に西武池袋線沿線に引っ越して西武との付き合いが始まった私にとって、当時すでに池袋線の主力車両になりつつあった101系は馴染みのある車両で、特に運転室後部の座席に座って前面展望を楽しむことのできる旧101系は好きでした。
その101系が、若手の車両検修係員にとって、車両メンテナンスのポイントを覚えるのに適した車両であるというのは、車両検修のベテランの方ならではの視点だと思います。私は車両のメカに関することは正直門外漢ですが、やはり機器の状態が五感で分かるというのは技術の継承という点でも貴重な存在なんでしょうね。

そういえば、あの日乗った流鉄の車両も元西武新101系でした。流鉄の元新101系は塗装以外は西武時代の姿をよくとどめているので、30数年ぶりに冷房の効いた新101系の車内でホッと一息つく、子供の頃の体験を思い出すこともできました。
あ8月3日は、改めて、冷房や冷たいもののありがたさを見直した一日でした。
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