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【乗り物中心】高校修学旅行の思い出③ 九州初上陸 宮崎→鹿児島→熊本 [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。
高校時代の修学旅行の思い出の続きです。

大阪南港から鹿児島県の志布志港へ向かう夜行フェリーに乗船した私たちは、フェリーの桟敷席のカーペットの上で雑魚寝状態で修学旅行最初の夜を過ごしました。
朝目覚めると、天気は良いもののやや波が高いようで少し船の揺れも大きかったのを覚えています。
朝食は確か指定された時間内に各自船内の食堂に食べに行く(メニューは全員一緒)という方法だったと思いますが、船の揺れや慣れないフェリーの旅のためか、あまり朝食を食べている人は多くなかったようです。
8時半から9時頃に志布志港に到着し、私にとっては初の九州への上陸となりました。
ここからは最終日の福岡空港到着まで、基本的にはすべてバスでの移動となります。
まず初日は志布志港から宮崎県串間市の都井岬に移動し、御崎馬(みさきうま)という国の天然記念物に指定されている日本在来馬とふれ合った後、日南海岸などを観光してその日は日南海岸のホテルに宿泊しました。
翌日の3日目はバスで鹿児島へ移動し、島津家別邸「仙巌園や城山などを巡り鹿児島市内に宿泊。
さらに翌日は桜島にも足を延ばし、もちろん桜島へのフェリーにも往復乗船しました。
鹿児島市内の移動中には2回ほど鹿児島市電と交差したり併走したりする場面もありました。現在のように低床車などが幅を利かす前でしたが、前日はほぼ鉄道との接点のない一日だったので、鉄道好き的には楽しい一瞬でした。
桜島観光の後は熊本への移動です。どのようなルートで熊本へ向かったのかは記憶にありませんが、阿蘇山に近い地域も通ったような記憶はあります。
この日は熊本での見学などはなく、おそらく熊本市内のホテルにまっすぐ向かい宿泊となったと思われます。

次回は修学旅行後半の思い出です。

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【乗り物中心】高校修学旅行の思い出② バス待ち中にも鉄分補給&フェリー乗船 [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。
30念前の九州への修学旅行の思い出の続きです。

東京駅から新幹線0系「ひかり」で新大阪駅に到着した私たちは、ここから貸し切りバスで大阪南港へ向かい、その夜の志布志港行きのフェリーに乗船することになっていました。
新大阪駅から大阪南港へは大阪市営地下鉄(現 大阪メトロ)の御堂筋線・四つ橋線・ニュートラムを乗り継ぐコースでもいけますが、400人近い高校生が都心の地下鉄や輸送力の小さな新交通システムの車内になだれ込むのはさすがに無理があるというものでしょう。個人的にはニュートラムには乗りたかったですが(笑)

新幹線を降りた私たちは、駅の外に出て団体専用の大型バスの駐車場に移動し、大阪南港まで乗る貸切バスがやってくるのをクラスごとに並んで待ちます。
特にこれといってすることもなくぼ~っと立っていると、突然駐車場の向こうの方に黄色い電車がやってきました。突然のことで驚きましたが、どうやら団体用駐車場のそばを新大阪駅近くにある宮原客車区や宮原電車区等(現 網干総合車両所宮原支所)へ向かう回送線が通っているようで、やってきたのも当時JR宝塚線(福知山線)の大阪―新三田間で運用されていた宮原電車区(当時)のカナリアイエロー色の103系だったというわけです。
関東ではこの時代も中央・総武緩行線や南武線で大活躍していたカナリア色の103系も、関西で見られるのはJR宝塚線の車両だけで、貴重な存在でした。そういう車両を見ることができたということで、退屈なバス待ちの時間が急に楽しい時間に変わりました。
周りでは「何で大阪に総武線が走ってるの?」(私たちのような西武沿線在住の人にとっては、黄色い電車といえば西武線か総武線というイメージが強いので)という言葉も聞こえてきて、事情を知っている私にとってはそんな反応も面白かったのを思い出します。
103系が走り去って2~3分ほどすると、103系とは逆方向へまた列車が通過しました。この時やってきたのは、岡山をベースに活躍していた12系客車のジョイフルトレイン「ゆうゆうサロン」の専用機として、当時の客車と同色の茶色ベースに金色帯という姿になっていたEF65 123号機でした。客車のない単機回送だったことからすると、おそらく北陸方面へ向かう客車を大阪駅まで牽引し、そこから先を担当するEF81に牽引気を交代後に単機で宮原運転所へ引き上げるところだったのでしょう。
このEF65 123号機もそうそう頻繁に関東で見られる機関車ではなかっただけに、遭遇の嬉しさという点では103系以上です。
こちらにも周りからは「あれ?この電車1両だけで走ってる!」(おそらく遠目には電車と機関車の見分けがつきにくかったのかもしれません)などの反応が聞こえてきます。

結局、駐車場でのバス待ちの時間は10分ほどだったと思いますが、その間に新幹線車内に続く素晴らしい「鉄分補給」の時間が過ごせたというのは大きな思い出になりました。
残念だったのは、せっかくの貴重な出会いを全く撮影していないこと。確かこの修学旅行にはカメラの持参も許可されていたような記憶がありますが、あまりに突然のことでカメラを取り出す間がなかったのが正直なところです。カナリアイエローの103系もEF65 123号機ももうすでに過去の車両となってしまっただけに、この時たとえ下手でも撮影できていれば・・・と悔やまれます。

さて、まだ大阪にいるのにテンション高めになっている中、貸切バスで大阪南港へ向かいます。新大阪駅から40~50分くらい(正確なところは覚えていませんが)で大阪南港のフェリーターミナルに到着し、今夜の宿でもある志布志港行きのフェリーに乗船です。
これも正確な時刻は忘れてしまいましたが、18~19時台くらいに大阪南港を出港し、私にとっては初めての長距離フェリーの旅が始まりました。
席はカーペット時期の桟敷席(?)で、ここにクラスや班ごとといった単位で雑魚寝する形でした。
夕食にどんなものを食べたのかは覚えていませんが、おそらく船内の食堂をほぼ貸切状態にして食べたのだと思われます。
夜行フェリーに乗ったからにはぜひデッキに出て外の空気を吸ったり、夜の海や星空などを眺めてみたくなるものですが、この時にはそういった記憶がありません。先生方からデッキに出ることを禁じられていたのか、それともまだ寒い3月ということでデッキに出なかっただけなのかは、今となっては定かではありませんが・・・
そんなこんなで、まだ九州に着いていないのに私としてはかなり濃密な思い出の残った修学旅行初日も終わり、カーペットの上で就寝となりました。

次回は九州上陸編です。

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【乗り物中心】高校修学旅行の思い出① 最初で最後の「0系ひかり」 [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:修学旅行どこ行った?

修学旅行かあ…
最後に行った高校の修学旅行ですらもう30年前の事なので、もうすっかり懐かしい思い出という感じです。

で、行先は…
小学校が日光、中学校が佐渡島、高校が九州でした。

日光は当時の関東の公立小学校の修学旅行先としてはおそらく定番だったであろう地域だし、九州も修学旅行先の大定番ですが、今でも謎なのがなぜ佐渡島に行ったのかということ。
私が修学旅行で佐渡に行ったと言うとほぼ全員に不思議がられます。
関東の中学校の修学旅行先の定番はおそらく京都・奈良あたりなんでしょうけど、どうしてその定番を外したのか・・・?
まあ、佐渡金山を見学したり島内の絶景スポットに行ったり、新潟港と佐渡の両津港の間は片道が普通のフェリー、もう片道はジェットフォイルに乗れたりで、結構楽しかったんですけどね。

そして、今回主に話題にするのは高校の修学旅行の話です。

「平成」が始まってちょうど2か月経った平成元年3月上旬から中旬にかけて、当時高校2年生だった私は、通っていた高校の修学旅行に参加し、初めて九州を訪れました。
正確な期間は記憶があいまいですが、修学旅行中にその年春のJRダイヤ改正(平成元年3月11日)当日を迎えたのは今も覚えています。
日程は5泊6日(うち船中1泊)で、新幹線と長距離フェリーを乗り継いで鹿児島県の志布志港から上陸して時計回りに九州をほぼ一周(ただし大分県には足を踏み入れず、佐賀県も通過するだけでした)し、福岡空港から飛行機で帰路につくというコースでした。
もちろん修学旅行ですから九州各地で見学などの思い出もいろいろできましたが、30年も前の話となるとやや記憶があやふやな部分も出てきてしまいました。
そこで、この修学旅行の思い出を、その時に乗った(または目撃した)乗り物を中心に4回シリーズで振り返ってみたいと思います。

私の通っていた高校は、埼玉県内の西武線某駅が最寄駅のため、修学旅行初日の朝、学校に集合した私達2年生は、その最寄駅からまずは西武線と山手線を乗り継いで東京駅へ向かいました。
私たちの学年は400人近く生徒がいるものの、おそらく山手線はもちろん西武線内でも貸切列車利用とはせず、クラス単位で2~3班に分かれて一般の定期列車に混乗する形をとったと思われます。
東京駅からは、東海道新幹線で新大阪へ向かいます。今も昔も、修学旅行で新幹線を利用する学校の中には修学旅行専用列車を利用する学校も多いようですが、私たちは通常の「ひかり」利用でした。
もちろんこの時代に「ひかり」を利用するとなれば100系乗車を期待しましたが(事実、私のほかにも同じように100系に乗れると期待していた人は多かったようです)、乗車したのは0系でした。
この時は少々残念な気持ちにもなりましたが、結果的には山陽新幹線区間も含め、この時が最初で最後の「0系ひかり」乗車となり、今にして思えば貴重な経験となりました。
乗車した「ひかり」(号数は忘れてしまいましたが)は12時台の発車だったので、「ひかり」に乗るからには食堂車を利用したい気満々ではありましたが、修学旅行中とあってはそうもいかず、自宅から持参した弁当で昼食となります。
弁当を食べた後は友達とおしゃべりしたり眠ったり、新大阪までの約3時間、各自それぞれ思い思いに過ごしていましたが、鉄道好きの私としては終始流れる車窓に釘付けで眠気を覚えることもありませんでした。
特に熱海以西は初の乗車となるので、見るものすべてが新鮮です。当日富士山がよく見えたという記憶はありませんが、それを補って余りあるのが、途中で出会った鉄道車両たちでした。
地点は思い出せませんが、静岡県内の東海道本線との並行(交差?)区間ではEF65一般形が牽引する貨物列車を目撃、名古屋付近では名鉄7000系「パノラマカー」や1000系「ぱのらまsuper」等の名鉄電車を短時間のうちに何編成も目撃できました。
京都駅では高架上から構内に留置中の東海道山陽線緩行のスカイブルーの201系を見て「いよいよ関西までやってきた」という感激に浸り、大山崎付近の阪急京都線との併走区間では期待通り阪急電車との擦れ違いを見ることも出来ました(期待していた当時の特急車6300系ではありませんでしたが)。
そんなこんなで興奮が収まらないまま「ひかり」は新大阪駅に到着しました。長い乗車で「付かれた~」とこぼしている人も周りにはいましたが、私にとっては本当にあっという間の3時間でした。まだ九州にも渡っていないのに、修学旅行の最初の思い出ができてラッキーな気分でした。
この後新大阪駅からは、貸切バスを利用して大阪南港へ移動し、志布志港行きの夜行フェリーに乗り継ぐことになりますが、その貸切バスに乗る前に、またしても鉄道好きの私を興奮させる光景に出会いました。
そのあたりはまた次回のきじで。

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黙っているより話しかけてくれた方が・・・ [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:タクシーのドライバーさんと話すことある?

私は ある 派

さすがにあまりべらべらとまくしたてられたりすればうっとうしくも感じられるだろうけれど、基本的に私はタクシードライバーさんと会話を楽しむのは好きです。
1人でタクシーに乗り、必要最低限のことしか話さないドライバーさんと2人キリで車の中で過ごすのは、個人的には退屈です。
それに対して、例えばその日の天気についてちょっとだけ話すだけでも車内の雰囲気はよくなるように感じるし、ドライバーさんの仕事の裏話や過去の面白いお客さんの話など、なかなか聞けない話を聞かせてくれるドライバーさんに当たると楽しいものです。
それに、遠くへ出かけてタクシーに乗った時に、私が遠来の客だとわかってくれてドライバーさんおすすめの観光地やお店などを教えてくれたりすれば、その街の印象までも大幅にアップするように思います。
あと、視覚障害者になって感じたのは、見えない(見えにくい)者にとって直接声に出してのコミュニケーションが大事だというのは、タクシーでも同じだということ。
料金のこととか、例えばタクシーを降りた場所から駅の入口はどの方向にあるとか、そういった情報を適切に伝えてくれるドライバーさんは本当にありがたいです。

ところで、ドライバーさんとタクシーの乗客の間の会話といえば、先日こんな記事がネットに出ていました。

タクシーの会話は必要?不要?「話さない運転手」賛否 タクシー会社あの手この手 (乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/89058

「相談タクシー」とはなかなかいい規格ではないでしょうか。
タクシードライバーさんにはいろいろな職業経験や人生経験を積んでこられた方も多いでしょうから、いわば「密室」ともいえる車の中で、ドライバーさんだけに日々の愚痴や悩みを聞いてもらえれば、その後の気分もかなり違ったものになるかもしれません。
その一方で、通常はドライバー側から乗客に話しかけないようにと指導するのはちょっとどうかなとも思います。
確かにドライバーとの間で必要最小限の会話しかしなくても特に不便を感じない人や、車内では眠ったり静かに過ごしたい人もいるので、話しかけるドライバーとそうでないドライバーのどちらがタクシードライバーとして望ましい在り方なのか、これはどちらかに明確に決められる話ではないでしょうね。
私はやはり、ドライバーと乗客がどの程度のコミュニケーションを持つかについては、ドライバーやタクシー会社としてどうするかというよりも、個々の乗客の希望に沿う形にするのが一番のような気がしますが。

そういえば、タクシーの車内といえば、昔はたいていのタクシーでカーラジオが流れていた記憶がありますが、これも乗客を乗せている間は客が求めない限りカーラジオをかけてはならないという規定を設けている会社が結構あるという話も聞いたことがあります。これも静かに乗りたいという乗客のニーズを受けてのことかとは思いますが、一方でタクシーの中で初めてカーラジオを聴いたのがきっかけで、その後ラジオの面白さにハマったというエピソードを持つ人も結構いることを考えると、ラジオの楽しさを多くの人に再認識してもらうためにも、控えめな音量でよいのでカーラジオは流してもらえたら・・・と、ラジオ好きとしては思ってしまいます。
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日付指定できるならやっぱり [日々のあれこれ&つぶやき]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:タイムマシンがあったら行きたい年月日

もし日付指定でタイムマシンに乗れるなら行きたい日はたくさんありますが・・・
その中で一日だけ選ぶとすれば、48年前の今日、つまり1971年9月2日ですかね。
なぜなら、その日は私の生年月日だから。
この日の午前0時からのまる24時間、自分の誕生日がどんな一日だったのか、この目で(耳で)確認したい気持ちがあるし、何よりも自分の誕生の瞬間に立ち会ってみたいというのが一番の理由です。
私が生まれたのは深夜2時半頃だったようなので、無事誕生を見届けて夜が明けたら、街へ出て誕生日当日の街の空気に触れてみたいものです。
そして、誕生日当日のテレビやラジオでどんな番組が放送されていたのかも興味があるし、当時のCMも見てみたいです。
もちろん、その当時の国鉄・私鉄のいろいろな列車にも乗りたいし、誕生日時点では後に荒川線になる区間以外にもまだ一部の運転系統が健在だった都電にも乗りたいし、とにかくしたいことや体験したいことが多すぎて、果たして一日でこれだけの事ができるのやら気になりますが。
でも自分にとっては記念すべき日にタイムスリップし、そこからブログを大量更新!なんてことになったら面白いかも。
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馬場村塾 [視覚障碍者としてのあれこれ]

こんにちは、gonanaです。
珍しく昼間の更新です。
昨日私は、「馬場村塾」(ばばそんじゅく)という会の月例会に参加してきました。
この「馬場村塾」は、視覚障害当事者やその支援者同士が意見交換や情報交換を行う場として2015年4月に始まりました。おおむね月1回、主に東京都新宿区高田馬場周辺の会場で開催されます。
私は2017年に、この「馬場村塾」が主催する視覚障害者向けの商品やサービスを提供する企業や団体が集まるイベント「BABAふぇす 2017」を見に行ったことがあり、その時に「馬場村塾」の存在を知り、一度この会の月例会に参加してみたいと思っていましたがなかなか予定が合わなかったりして実現せず、今回が初参加となりました。
昨日の月例会は、いつもの高田馬場周辺ではなく、川崎市の小田急線向ヶ丘遊園駅近くにある、専修大学のサテライトキャンパスで行われ、約50名の人が参加しました。
開会後まずは私を含めた初参加の人などが自己紹介をしました。
その後は毎回一人、または一組のプレゼンターがその日のテーマに沿って1時間ほど講演をします。
昨日は「視覚障害とWebメディア 情報発信の可能性と課題」というテーマで、「Spotlite」というWebメディア(https://spot-lite.jp/)の発起人である高橋昌希さんという方がプレゼンターを務めました。
「Spotlite」は、視覚障害やその当事者に関する様々な事を広く社会に発信することを目的としたWebサイトで、私もよく閲覧しています。
この「Spotlite」を立ち上げた高橋さんが、サイトを立ち上げたきっかけや視覚障害についての情報発信の現状と課題、Webメディアの可能性などについていろいろと参考になる講演をしてくださいました。
私自身もこのブログや会社のブログで視覚障害者として感じることなどを記事にしており、また将来的には何らかの形で視覚障害者(またはいろいろな障害当事者)の目線で様々な情報を発信できるような仕事に携わりたいとも考えているので、高橋さんの公園は大いに刺激になるものでした。
講演の後は、参加者を交えて意見交換を行うディスカッションタイムとなりました。多くの参加者から発言のあった活発なディスカッションが展開され、このやり取りからもいろいろとヒントを得ることができました。
月例会が終わった時には、開会から約2時間半が経過していましたが、その長さをあまり感じないくらい、様々な「学び」を得ることができ、また機会があればぜひ参加したいと思いました。
講演とディスカッションタイムが終わり「馬場村塾」の月例会は中路目となりましたが、その後会場近くの店で高橋さんや参加者の多くが参加する懇親会が行われ、私も参加させていただきました。
先ほどまでの月例会とはまた違ったリラックスした雰囲気で、お酒や食事を楽しみながらいろいろな方と交流を深めることができました。このような場も、在宅勤務のため毎日のように外出するわけではない私にとってはいろいろな情報を得たり人脈を得たりする貴重な場となります。

今回「馬場村塾」月例会に初めて参加し、多くの貴重な「学び」を得ることができました。ここで学んだことを少しずつでもブログや将来の仕事に生かしていきたいと思います。

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行動を起こすなら明確なビジョンと周到な計画を [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:過去の自分に注意したいこと

昨日の記事とネタが被りそうなお題なので、昨日とは違う時期の話で。
過去の自分に注意というか忠告したいのは、17年前のちょうど今ぐらいの時期の自分。
そして、ぜひとも言ってやりたいのは「会社を辞めたいのなら、辞めた後何がしたいのか、そのために何を準備しておくべきか、もっとじっくり考えてからにしろ」ということ。
新卒で入社した会社を辞めたのが2002年の8月末。
就活で連戦連敗が続き、もうこれは就職浪人化フリーター生活確定かと思われた年度末ぎりぎりに、なんとか拾ってもらった恩義はあったものの、業種としては自分には今一つ合う会社ではないことと、私なりにいろいろ思うところもあって辞めることを決めたのですが、いざ退職後に再就職活動を始めてみると、今後自分についての明確なビジョンが固まってなかったこともあって、新卒時の就活の時のことを思い出すような苦悩と後悔の日々が・・・
結局8ヶ月かかってやっとこさ某人材派遣会社に再就職が決まりました。(派遣される側ではなく、人事・総務部門の契約社員としてですが)
その会社は、視覚障害者となったことで退職せざるを得なかったものの、結果的には前の会社より長い11年務めることができ、在職中は辞めたいと思ったことは一度もなかったのはよかったですが。

17年前の退職から再就職に至る流れの中で、仕事を辞めるにしても続けるにしても、自分の将来に対して日ごろからきちんとした目標やビジョンを持つことの大切さを知りました。
あの時の自分には、辞めるにしてももう一度自分は何がしたいのか、どんな自分になりたいのか、しっかり考えてから行動せよ、と言ってやりたいです。

そう言いつつ、ひるがえって今の自分が自信をもってそんな助言ができるかと言われると・・・
タグ:再就職
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1時間じゃ足りない! [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:未来の自分、過去の自分、1時間だけ会って話をするならどっちと話す?

私は過去の自分派

未来の自分は今の時点でも全く想像がつかないので、会うチャンスがあるなら断然過去の自分です。
どの時点の自分にあいたいかはかなり悩むところだけど、まずは大学に入ったばかりの自分ですかね。
入学式が終わった後にでもどこかの喫茶店に呼び出して、あれこれ激励というか説教というか、とにかくいろいろ未来の自分からの忠告をしたいですね。
「大学では将来に対するビジョンをきちんと持って、しっかり勉強しろよ!」
「就職活動は早めに対策と戦略を固めて悔いのないように戦え!」
「30年後の俺が後悔しないような大学生活と社会人生活を送れるように、今からしっかりした人生のビジョンを持て!」
そんな事を28年前の自分に言い聞かせてやれば、その後現在に至るまでの人生も少しは違ったものになった・・・んでしょうかね?

あとは中学1年生頃ですかね。
あの頃、学校全体の雰囲気がどうにも良くなく、担任教師も好きではなかったので、正直あまり楽しい学校生活とは言えない時期でした。
そんな時期に、せめてその時の自分に愚痴でもこぼしてもらい、何とか日々の憂鬱を晴らしてもらえたらいいかも、なんて思います。

いずれにしても、過去の自分と語り合うのにたった1時間とは短すぎです。せめて半日、できれば一日じっくり一緒にいられたらいいんですけどね。

タグ:未来 自分 過去
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テープ起こし [視覚障碍者としてのあれこれ]

こんばんは、gonanaです。
皆さんは「テープ起こし」という仕事をご存じでしょうか。
この「テープ起こし」とは、講演会・会議・座談会・対談・インタビューなどで収録された人の声を聞き取り、その内容を文章に起こして紙に筆記するかタイピングによりコンピュータに入力する(かつてはタイプライターによる入力も広く行われていました)作業です。

私は数年前まで、「テープ起こし」なる仕事があるということは何となく知ってはいたものの、具体的にそれがどのように行われているのかについてはほとんど知りませんでした。
しかし、約4年前に、そのテープ起こしの作業をわずかですが体験する機会がありました。
何度かこのブログでも書いている通り、私は視覚障害者となった後、国立障害者リハビリテーションセンターでの自立訓練を修了し、引き続きその後の再就職に向けた同じ敷地にある国立職業リハビリテーションセンターでの職業訓練を受けることにしました。
センターへの入所に当たっては「入所試験」というほどでもないのでしょうが、一応簡単な国語や数学のテストや作文、それに実技面での能力をみると思われる作業課題による選考が行われました。そして、私が受講しようとしていた視覚障害者向けのパソコン訓練のコースの作業課題が、テープ起こしだったのです。
私はこの時に初めて「テープ起こし」の方法を知ることになりました。
スクリーンリーダー(画面読み上げソフト)を組み込んだパソコンの前に座り、講演会の内容を録音した音源を、再生・停止・早送り・巻き戻しといった操作をすべて足元に敷いたマットに埋め込まれたスイッチを足で操作することにより行う再生機器で聞きながら、パソコンで入力するというものでした。
私はそもそもこういった機器があることも知らなかったので、この時の一連の選考でいろいろとお世話になったセンターの職員の方から事前に再生機器の操作方法を教えていただいてから課題に臨みましたが、指でラジカセやコンポなどのボタンを操作するのとはわけが違い、どこのスイッチを踏めば目的の操作ができるのか目で確認できない私にとって、すべての操作を足を使って行わなければならないのは相当に難しく、なかなか思うように入力が進みません。
結局、制限時間までに入力し終えたのは、課題の音源の分量の6~7割くらい(課題文の時間や文字数がどれくらいだったかは忘れてしまいましたが)がやっとで、「テープ起こし」という仕事をスピードと正確さを両立しつつ行うことがいかに難しいかを身をもって知ることができました。そして、足元スイッチを巧みに使い、スピードと正確さをいずれも満足させることで記録を残すテープ起こしという仕事に敬意を抱けるようになりました。
結果的には、テープ起こしについては満足のいく成果は残せなかったものの、何とか職業リハビリテーションセンターへの入所はでき、そのおかげもあって今の会社に就職できた私がいます。

私が悪戦苦闘してしまったテープ起こしは、聴覚を生かせるという意味では視覚障害者にとって有利な面のある仕事と言えそうです。実際に、会議録などのテープ起こし業務を企業などから請け負っている福祉事業所があったり、「ブラインドライター」として企業を立ち上げてテープ起こし作業を請け負うビジネスを行っている人もいるようです。

近年では、会議録や講演録などの作成もAIにより行うことが多くなり、「テープ起こし」も遠からず「AIにとって代わられる職業」の一つになりそうな状況です。しかし、貴重な講演やインタビュー、重要な会議などの記録を文字によって後世に残すという意義のある仕事を、ほんのさわりだけとはいえ体験できたことは、私にとっても貴重な経験となりました。


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こんなリバイバルもあるのね [鉄道ニュース]

こんばんは、gonanaです。
2016年4月にグランドオープンした京都鉄道博物館は、ただ過去の車両を多数展示しているだけにとどまらず、時折現役で本線を走る車両を期間限定で展示したり、地元のJR西日本以外の他社車両も展示したりと、ほかの鉄道系博物館にない企画をいろいろ行っていますが、今度はこんな企画を行うそうです。

581系vs489系 投票で「かつての色」が展示車両に復活! 京都鉄道博物館 (乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/89065

今や、旧型車両にその車両の登場時の塗装を復元させたり、周年記念などで現役車両に過去の車両の塗装を再現したりするリバイバルカラー者は、一時の流行で終わらずにすっかり定番のイベントとして定着しつつありますが、例えば今回のように国鉄色で保存されている車両にJR時代になってからの塗装を再現するようなパターンのリバイバルというのは珍しいのではないでしょうか。
考えてみれば、クハネ581にラッピングされるかもしれない「シュプール&リゾート色」も1991年頃から1998年頃までのわずか数年しか見られなかったカラーだし、クハ489にラッピングされるかもしれない「白山色」も、489系事態の末期には国鉄職への復元に伴って姿を消しているので、立派な(?)「かつての色」になるんでしょうね。
(記事中にある「シュプール&リゾート色」の表現は誤りで、実際は水色に細い緑と青のラインが入った塗装のことだと思われます)
国鉄型車両に一番似合うのはやはり国鉄時代の塗装であることは言うまでもないことですが、JR移行後の地域色や更新者塗装なども、今や懐かしのカラーとなったものが多いだけに、時にはこういった企画もありなのではないでしょうか。
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